私はこれまで三軒だけ住宅の設計をしたことがあるが、台所については共同設計者に任せ、自分では触れないようにしてきた。理由は、台所というものに対し、取り立てて主張することも、こうしたらよかろうという新しい工夫も思いつかないからだ。加えて、女性向けの雑誌を見ると台所や収納にばかり光を当てているし、住宅展示場に行くと台所に一番コストがかけられていて、そういうまるで住宅=台所のような世間の傾向への反発もあった。
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思えば、戦前まで、住宅の中での台所の地位はまことに控え目であった。草葺きの民家では部屋としての扱いを受けず、土間の片隅にカマドと木製の流しがあるばかり。都会でも大差なくて、板の間のはじにガスコンロが置かれ、その脇にごく小さな流しが、それもセメントを固めて表面を磨いた人業界用語で言うところの、主婦はひざまずき、流しの上にまな板を差し渡して、トントン。地位が控え目であるばかりか、汚かった。人研ぎの側面には魚の内臓やウロコがこびりつき、底は摩耗してザラつき、排水口の周りからは例外なく水が漏っている。戦前そして戦後も高度成長期までは、どの家庭でも、清く貧しく美しい主婦あるいは女中さんが、暗く汚く湿っぽい台所に身をかがめて調理していたのである。そうした台所の対極がお座敷。南側の奥の、庭に面した一番いい場所にドンと位置して、大事な客を招いたり、正月には主人が床柱と掛け軸を背に座って、家族や部下の年始の挨拶を受ける。床柱を背にできるのは男の年長者だけ。陽の当たる男の座敷と日陰の女の台所。こういう構造に日本の伝統的住まいはなっていたのである。日本の住まいの始点、たとえば竪穴式の縄文住居や高床式の弥生住居にはこういう現象は見られないから、その後、家の規模が拡大し、いろんな部屋に分化してゆくなかでお座敷はトップ、台所はビリ、そういうランキングが確立されていった。このランキングを思想的に後押ししたのは言うまでもなく儒教。